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岡山地方裁判所 昭和24年(行)15号 判決

原告 河内睦男

被告 岡山県農地委員会

一、主  文

岡山縣勝田郡勝加茂村農地委員会が別紙目録記載の土地について昭和二十三年九月十一日定めた農地買收計画につき原告が同年十月二十日なした訴願に対し被告が同年十二月二日附を以てなした訴願棄却の裁決は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、其の請求原因として、

一、勝加茂村農地委員会(以下單に村農地委員会と略称する)は、原告が昭和二十年十一月二十三日現在不在地主であるとし別紙目録記載の土地について、昭和二十三年九月十一日自作農創設特別措置法(以下單に自創法と略称する)第六條の五に則り買收計画を定め同日之を公告した。

二、然し原告は、昭和二十年十一月二十三日現在に於て勝加茂村に住所を所有し、其の前後約一年間居所を中国に移したに過ぎない。即ち原告は一ケ年間中国所在華中鉄道会社に就職するため、家族(母八重子、妻光子、長女達子)を同村に残し、之に約四段を自作させ、其の余の約六段歩を訴外竹内藤作等に一年を限り小作させ一ケ年予定で昭和二十年三月二十日出発し、同月末頃中国に渡り、華中鉄道会社に勤務して間もなく同年四月一日現地徴用となり、終戰後中国抗州の日僑收容所に抑留され帰国することができず、漸く昭和二十一年四月七日帰村した次第である。これは單に一時的に居所を中国に移した丈であるから原告の住所は依然勝加茂村にあつたものである。從て原告は同村に於ける村民税や国民健康保險料を引続き納付してきているのである。仮に原告が中国に住所を有していたということになつても、其れは原告の意思によるものではなく、徴用抑留という已むを得ない事由で基準日である昭和二十年十一月二十三日勝加茂村に居ることのできなかつたものであるから、原告を不在地主として取扱うべきではなく、同村に住所のあつたものとなすべきものである。にも拘らず村農地委員会は原告を不在地主として、原告所有の別紙目録記載の土地について自創法第六條の五を適用し、昭和二十三年九月十一日に於て昭和二十年十一月二十三日に遡及して樹立した本件土地買收計画は違法である。

三、しかのみならず、自創法第六條の五による買收には同法第六條の二第二項が準用され、市村町農地委員会は同法第六條の二第一項の規定により農地買收計画を定めることの可否につき審議しなければならない(同法第六條の五第三項)のであるから、市村町農地委員会は其の買收計画については同法第六條の二の規定の趣旨に照し、全般の事情をよく調査し、其の裁量権を妥当適法に発動して、買收計画の可否を決しなければならない(市村町農地委員会の裁量は自由裁量ではない)。而して本件農地を買收することによつて生ずる耕作地の状況は、從來十分に耕作地を所有していた原告と小作人であつた竹内藤作等とは其の地位を轉倒するものであつて、本件土地を昭和二十三年九月十一日に至つて昭和二十年十一月二十三日に遡及して買收計画を樹立することを相当とし可なりとした村農地委員会の裁量は違法である。

四、そこで、原告は本件土地買收計画を不服とし、昭和二十三年九月二十一日村農地委員会に異議を申立てたが却下されたので、同年十月二十日更に被告に対し訴願を提起したが、被告は同年十二月二日附を以て原告の右訴願を棄却したことを昭和二十四年二月十一日に知り、同年六月十五日右訴願棄却の裁決書謄本の送達を受けたが、村農地委員会の樹立した本件土地買收計画は前記の如き違法があり、之を是認して、原告の訴願を棄却した被告の裁決はこれまた違法であるから之が取消しを求むるため本訴請求に及んだと陳述し、

五、被告の抗弁に対し昭和二十年十一月二十三日現在に於て本件土地が原告の小作地の保有限度を超過していた事実は之を認めるが、本件土地買收計画を定めた昭和二十三年九月十一日に於ては僅かに七畝二十三歩を超過するに過ぎない(保有可能の小作地の面積は七段歩である)と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、其の答弁として、原告主張の事実中村農地委員会は原告が昭和二十年十一月二十三日現在不在地主であるとし、別紙目録記載の土地につき昭和二十三年九月十一日買收計画を定め同日之を公告したこと、原告が中国に渡り同地で現地徴用となり終戰後抑留され昭和二十一年四月七日帰村したこと、本件土地買收計画に対し原告より異議の申立及び訴願の提起があつたこと、右異議並びに訴願は何れも否決せられたこと、被告のなした訴願棄却の裁決が昭和二十四年六月十五日原告に告知せられたことは何れも之を認めるが、原告が昭和二十年十一月二十三日現在勝加茂村に住所を有していた点及び本件土地買收によつて原告と小作人であつた竹内藤作等とが其の地位を轉倒するとの点は之を否認する。村民税や健康保險料は原告の家族が納付したもので之により原告が勝加茂村に在村して居たとはいえない。原告は中国所在華中鉄道会社に就職するため中国に赴いたものであるから原告を不在地主として本件土地について買收計画を定めることは適法である。仮に原告が不在地主でなく從つて自創法第六條の五に基く本件土地買收計画が不適法であるとしても、昭和二十年十一月二十三日現在に於て原告は其の保有小作地の保有限度を超過して本件小作地を有していたものであるから自創法第三條第一項第二号に基き本件土地買收計画は適法であると述べた。(立証省略)

三、理  由

村農地委員会は原告が昭和二十年十一月二十三日現在中国に在り、勝加茂村に居なかつた事実によつて原告を昭和二十年十一月二十三日現在に於ける不在地主であるとし、別紙目録記載の土地につき買收計画を定め、同日之を公告したことは当時者間に爭いなく、而して右土地が原告の所有なること及び右土地の買收計画が自創法第六條の五に則り定められたことは被告の明に爭はないところである。原告は昭和二十年十一月二十三日村に住所を有し、其の前後約一年間居所を中国に移したに過ぎない旨主張するのに対し、被告は原告が同日現在に於て勝加茂村に住所をもたなかつたと主張するので先ずこの点につき考えてみるに、成立に爭のない甲第二第三号証、証人爲季克己の証言の一部原告本人の供述及び弁論の全趣旨を綜合すると、原告は勝加茂村に於て一家を構え家族(母八重子、妻光子、長女達子)と共に約一町歩を自作していた農家であつたが、昭和十九年十一月頃医師より健康上向後約一ケ年間過激な労働を禁ずる旨の指導を受け、一ケ年間中国所在華中鉄道会社に就職するため家族を同村に残し、之に約四反歩を自作させ、其の余を一ケ年を限つて小作に出し、生活物資の受配関係並に公租公課等納付の関係もその儘にし居所のみ移動の意思を以て昭和二十年三月二十六、七日頃中国に渡り右会社に就職勤務するや間もなく同年四月一日頃右会社は軍の管理するところとなり、同会社に勤務する日本人は全員徴用せられ從て原告も亦徴用せられたが、其の後終戰となつて抑留され、昭和二十一年四月九日帰村した事実を認め得べく右認定に反する右証人の証言部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。而して斯る場合に於ては原告の住所は依然勝加茂村に在るものと認めるのを相当とすべく、之を中国に移したものとは認め得ないから原告の住所が基準日当時同村にないものとして樹てた本件遡及買收計画は違法であつて之を取消すべきものと謂うべく、從つて本件被告の裁決も亦違法であつて之を取消すべきものと謂はなければならない。被告は仮に本件買收計画が自創法第六條の五に基くものとしては違法であつても本件土地は基準日現在に於て被告に許された保有小作地の保有限度を超えていたから、自創法第三條第一項第二号に基き本件買收計画は適法であると抗爭するけれども右両個の買收はその性質を全然異にするものであるから同法第六條の五に基く本件買收に於ては仮に同法第三條第一項第二号に依り買收し得る場合であつたとしても、之を理由として同法第六條の五に基く本件買收の違法の瑕疵を除却するものとなすを得ない。

然らば原告の本訴請求は正当として之を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 中島貢 菅納新太郎 辻川利正)

(目録省略)

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